『第三次世界大戦はもう始まっている』を読んで
第三次世界大戦はもう始まっている エマニュエル・トッド 文春新書
本書はフランスの人口統計学者、歴史学者、人類学者のエマニュエル・トッドの
ウクライナ戦争に関する言論をまとめたものである。2022年6月の出版で同年3月、
4月の収録と2021年、2017年の原稿をまとめたものである。トッドが現在のウク
ライナ戦争どのように考えているかが明確に表されている。
トッドにとって日本は一種のサンクチュアリである。ウクライナ戦争に関して直
接の戦争の危機に面しているヨーロッパは一種の狂乱状態に陥っているとトッドは
考えている。本書の中でトッドはウクライナ戦争での欧米の責任を強調する。この
ような言論は母国フランスでは許されないものになっている。トッドにとって日本
は安全に自分の意見を表明できる地域となっている。イスラム教徒のテロリストが
イスラム教を揶揄したシャルリエブドの記者を殺害した事件の際も日本で「私はシ
ャルリ」運動を批判する言論を展開している。
先ず、トッドは戦争を善悪で論じないリアリストの視点で見る。戦争には双方に
言い分があり勝敗が結果として善悪を決定することはあっても本質的な正しさなど
は議論に値しないものだからである。このことはトッドが戦火に苦しむウクライナ
の一般市民を冷たく扱っていることを意味しない。それは、それぞれ別次元の話だ
からである。
トッドは最初に侵攻したのがロシアであるという事実よりも、再三、ロシアがウ
クライナのNATO加盟がロシアにとっての重大な安全保障上の危機であることを
表明している中で、欧米がNATOへの事実上の加盟を進めてきたことを重視する。
それこそが、この戦争の最大の原因であると論ずる。
ウクライナの意志がどうであれ、NATOはウクライナの中立を維持しなければ
ならなかった。欧米側はロシアの体制変更までも視野に入れながらロシアに圧力を
かけていった。それに決然とロシアが対抗したのがウクライナ戦争であるとトッド
は述べる。
欧米にとっての誤解がロシアが本格的な戦争を挑んできたことならば、ロシアも
大きな誤解をしていた。ロシアはウクライナを同じスラブ民族と考えているが、ト
ッドによれば両国は家族の構造が異なっている。ロシアは権威主義的な大家族共同
体だが、ウクライナは核家族なのである。トッドの研究では各国の家族や相続の構
造が社会を根底から支えるものであり、それによって異なる価値観が生み出される
としている。
例えば米国は極端な貧富の差を生み出しても自由を重視する社会である。日本は
自由よりも結果としての平等を求める。これらは社会における家族や相続の形の差
異として説明できる。多くの人は自分の属する社会の価値観が普遍的なものだと考
えてしまいがちであるが、異なった家族構造は異なった価値観を生み出す。
ロシアは自国の専制的な政治構造が同じスラブ民族であるウクライナでも受け入
れてもらえると考えていたが、ウクライナは、もっと自由を求める価値観を重視す
る。しかし、ウクライナは主権国家としての歴史を極めて短い期間でしか持ってき
てこなかったため、社会としてはアナーキーな方向性が強い。
ウクライナとロシアが同じスラブ民族として合一することがロシアの幻想ならば
ウクライナ人が国民国家の意志に目覚めて強力な国家が出来ることはウクライナ人
の幻想に過ぎない。ウクライナはポーランドとつながりが強い西部地域とキエフを
中心としたギリシャ正教の影響が強い中部地域とロシアの影響が強い東部、南部地
域に文化的に分かれている。これらの地域の分裂が今後、進むことも考えられる。
トッドはウクライナ戦争が最終的に第3次世界大戦へとつながる可能性を指摘す
る。米露の代理戦争であるウクライナ戦争で米国が負けることは米国の覇権へとつ
ながるため米国は本格的な戦争から逃れることが出来ないと論じている。米国が単
独覇権をあきらめて戦争が終わるか、覇権を維持するため世界大戦にまで発展して
しまうのかの2択が考えられる。いずれにせよ世界が大きくかわっていく可能性が
高い。
トッドに言わせれば、この戦争は民主主義陣営対専制主義陣営の代理戦争ではな
く、リベラル寡頭制陣営と権威主義的民主主義陣営との争いであるという。日本は
まだ貧富の差が激しいリベラル寡頭制には属していないという。トッドが指摘する
ようにウクライナ戦争が、欧米が自らの閉塞的な状況からの脱出するための狂信的
な手段だとするならば、そんなものに日本は付き合うことはない。ヨーロッパには
属していない日本は局外中立が、最もよい選択だと私は思う。
私は、日本はウクライナ戦争を他山の石として活かすべきであると思う。それは
他国の侵略に対して十分な準備をしなければならないということではない。大国の
周辺国である小国は外交的な問題解決をしなければならず、今回のウクライナのよ
うにNATOの後ろ盾を使って自分の要求を通そうとする行為は失敗するというこ
とである。結局、欧米はウクライナを救うということではなく、ウクライナに代理
で戦争をさせることで自らの望みをかなえようとしているからだ。
日本は中国との緊張を高めてはならない。それが「腰抜け」と言われようが、日
本にとって最善の道である。米国は当てにはならない。日本単独で中国と向き合う
ことも不可能である。クアッドやオーカスも当てにはならない。それがウクライナ
戦争から日本が学ぶことだ。今、日本は防衛費を大幅に増加しようとしたり、敵基
地攻撃能力などという先制攻撃能力を持とうとしている。日本は条件的にほとんど
戦争が出来ない国である。これらの政策は大きく日本の将来を誤らせるものである。
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