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『オリバー・ストーン オン プーチン』を読んで

オリバー・ストーン オン プーチン オリバー・ストーン 文藝春秋

映画監督オリバー・ストーンをご存知でしょうか。「プラトーン」、「7月4日に
生まれて」といった反戦映画やマイケル・ダグラス演じるゴードン・ゲッコーを生
み出した「ウォール街」、ケネディ暗殺の謎を追う「JFK」が有名です。

また、アメリカの現代史に疑問を呈するドキュメンタリー作品も数多く制作してい
ます。本書もそういったドキュメンタリーのためにプーチン大統領に行った長時間
インタビューをまとめたものです。

2015年7月から17年2月まで4回、20時間以上にわたって単独インタビュー
が行われた。非常に友好的なインタビューで西側の視点で見ればロシアのプロパガ
ンダに過ぎないと酷評されるだろう。事実、米国内の反響はその通りでした。

確かに本書ではプーチンの主張、ロシアの正当性が示されている。それは西側にと
っては都合の悪いものに違いない。ロシアのプロパガンダの側面も十分にある。

しかし西側の主張もプロパガンダを含んでいる。共に何が真実で何がプロパガンダ
であるかを明確に判定することは困難である。グレーの中で、より白いものを探す
しかない。

プーチンはロシア国内の報道統制を「できるわけがない」と否定するが、当然、ロ
シアは報道統制下の国であろう。日本でさえマイルドな報道統制下にある。ロシア
が実行していない訳がない。

プーチンはロシアは民主政体だと発言はするが、欧米に比べたら、その歴史は浅く
まだまだ途上だとも述べる。途上だからこそ、漸進的な進歩が必要だという。シン
ガポールや韓国や日本も同じく権威主義的な国家だとも言う。ロシアは民主政体を
目指しているという建前の中でプーチンは国家運営のフリーハンドを確保したいの
だと思う。

プーチンが共産主義を完全に否定しているのも少し意外である。共産主義はシステ
ムとして崩壊していて、それを解決するには資本主義的なシステムを取り入れるし
かないとプーチンは言う。ただしオリガルヒのように独占的に経済を支配する構造
は認めないと、はっきり述べている。建前としては漸進的な資本主義を目指してい
るということなのだろう。そのコントロールは国会権力が行うという点で一部、統
制経済の仕組みを残して、オリガルヒの行動を抑制しているとも言える。そのバラ
ンスを、どうやって取っていくのかという点は疑問が残る。

西側のメディアに慣れている私達にとってプーチンの発言は非常に新鮮である。こ
のインタビューの時期(2015~17)ではプーチンはアメリカを安全保障上の
パートナーと呼びつつも、自らはアメリカの意思からは独立した主権国家として振
る舞っている。

ヨーロッパで対立するNATOの意見に対する認識は厳しい。NATO内にはアメ
リカの意見と間違った意見しかないと言う。しかしストーンが反米的な意見を述べ
させるように誘導するのを、プーチンはそれを明確に拒否する。彼は「反米」では
なく「親ロシア」だと述べる。あくまでもロシアの利益が重要なのであって、それ
以外のイデオロギー対立は2次的なものなのだ。国家の指導者として非常に抑制の
取れた態度である。

アメリカの歴代大統領との交流は上手くいっていたとプーチンは語る。アメリカが
ロシアの安全保障上の懸念となるような組織を支援している際も大統領レベルでは
プーチンの抗議を受け入れ、対応すると返答されることもあった。しかし最終的に
は外交上やCIAの理屈でロシアの講義は却下された。プーチンが戦っているのは
米大統領というよりも米国の官僚組織が作り上げた、もっと大きなシステムのよう
だ。

このインタビューは2022年2月からのウクライナ戦争の前に行われたものであ
る。しかし2014年のマイダン革命は既に起こっている。プーチンは今回のウク
ライナ戦争は2014年から始まっているものだと主張するであろう。ロシア、ウ
クライナ、ウクライナ東部地区、ドイツ、フランスが合意したミンスク合意は実行
されなかった。ロシアはその責任はウクライナ側にあると主張する。

今回、先制攻撃を仕掛けたのはロシアであるが、そんなことは大きな問題ではない
と主張することもできる。第二次チェチェン戦争や2008年の南オセチア紛争は
ロシア側が攻撃されることで発生した。

西側では、これらの紛争の責任はロシアにあると主張が優勢だ。大きな眼で見れば
先の二つの紛争はロシア側が上手いことやり、今回のウクライナ戦争では西側が上
手いことやったということだ。そのようにロシアは主張するだろう。

ウクライナ戦争ではロシアの核攻撃が示唆されていると報道されている。しかし、
このインタビューの中でのプーチンは核戦争に対して抑制的な発言をしている。

弾道弾ミサイル(ABM)条約の米国の脱退を両国の相互確証破壊のバランスを崩
すものとして核戦争の危険性を増大させるものとして批判している。

弾道弾ミサイルとは先制攻撃の核ミサイルに対して着弾前に、こちらから核ミサイ
ルを近接空間に発射し、上空で核爆発をさせることにより、攻撃の核ミサイルを制
御不能にしようとする防御システムのことである。この防御システムの制限を設け
る条約がABM条約。一方が攻撃したら、必ずもう一方から壊滅な反撃を受けると
いう状態を保つということで、お互いに攻撃を抑制しようとする考え方が相互確証
破壊である。冷戦期は、この構造が米ソ両国が核戦争へと向かうのを抑制したと考
えられている。米国は2002年に、自国のミサイル防衛を優先するため、この条
約から脱退した。

この脱退をプーチンは核戦争の危険を高めるものだと批判している。アメリカが核
戦争でも自国は安全だと思い込むことが核戦争のハードルを低くする行為を誘発す
るというのだ。本当に真っ当で保守的な安全保障の意見である。恐らく米国はロシ
アの核オプションを将来的に無効化することが目標なのだろう。それに反対すると
いう意図でもあるがプーチンの主張は常識的なものである。願わくは現在のプーチ
ンの頭の中もそうであることを願いたい。

総じて言えるのはプーチンは「悪魔」ではないということだ。ロシアの利益を守る
すこぶる優秀な政治家であると見た方がよい。破綻寸前の国家をここまで復活して
きた能力は凄まじいものがある。インタビュー中でも主権国家の枠組みを出来るだ
け維持する発言が多々見られた。プーチンは西側の論理とは異なるが、一定の理念
に沿った交渉ができる人間である。

それをプロパガンダにしろ「悪魔」と評してしまうと交渉の機会を失ってしまう。
ウクライナ戦争では冷静な視点で交渉を迅速に進めることが両国の国民にとっての
利益になる。

私はプーチンの側にも、ゼレンスキーの側にも、バイデンの側にもつかない。ロシ
アとウクライナの国民の側につきたい。

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