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『モンゴル帝国と長いその後』を読んで

モンゴル帝国と長いその後 杉山正明 講談社学術文庫

ロシアのウクライナ侵攻に端を発したロシアへの経済制裁が起きている。世界経済
からロシアのみを孤立化させようとする試みだが、事態は西側諸国が想定している
ようには進んでいない。中国やインドはロシアからの原油の輸入はやめていない。
エネルギーの供給は新興国にとって重要な問題だ。

一方、ロシアが発表した非友好国リストは欧米諸国や日本といった全48か国にとど
まる。現在の世界の国の数は196カ国である。世界がロシアを敵視する国々とそ
うでない国々に分かれようとしている。後者は別にロシアに味方をするというわけ
ではないが敵視しないで普通に付き合おうという国々である。

この国々を見ているとマッキンダーやスパイクスマンのハートランドとリムランド
の争いを思い浮かべる。

世界島であるユーラシア大陸の中心部ハートランドを支配するものは世界を支配す
る。そしてシーパワーはハートランドと争うためにユーラシア大陸の周辺部を支配
し陸地の勢力ランドパワーと対抗する。ランドパワーの中心がロシアであり、リム
ランドの中心が英米である。

近世から近代はシーパワーが覇権を握ってきた時代である。そして、それがランド
パワーに移りつつあるのが現在なのだ。このままロシアが覇権を握るという話では
ない。西側諸国が相対的に没落し中国やインドといった新興国がロシアと友好的に
付き合いながらユーラシア大陸を中心に人類が大きく発展する時代がすぐそこまで
やってきている。

シーパワーとランドパワーは覇権交代をしてきた。現在は今まで覇権を握ってきた
シーパワーが没落していく時代である。それでは、その前のランドパワーの時代は
どうであったのか。それがモンゴル帝国の時代である。

私は以前、『世界史の誕生』岡田英弘著を読んでいたので世界史がモンゴル帝国か
ら始まるということは知ってはいた。ただ、モンゴル帝国が人類史に与えた影響の
本当のところは理解していなかった。

先ず、本当の意味で世界史と言える歴史書を編纂したのがモンゴルが最初なのだ。
そこにはアダムから始まる物語から、イスラムの歴史、遊牧民の歴史、中華史、ユ
ダヤ史、ヨーロッパ史、インド史といった、それまでの世界各地のそれぞれの歴史
がまとまっている。

モンゴル帝国は人類史に大きな足跡を残し、その影響はかなり続いた。チムール帝
国がモンゴルの再興を掲げて建国し、その末裔からインドのムガール帝国ができる。
ムガールとはモンゴルのことである。二代清皇帝ホンタイジがモンゴルと同盟関係
を結んだ時から清帝国は満蒙遊牧民連合政権であった。その程度ならば有名な話で
ある。

稀代の英雄、チムールもチンギス・ハーンの血を継ぐ者を妃に迎え、名目上の「カ
ン」にはチンギス王家の者をつけるしかなかった。そして自分はチンギス家の婿の
将軍として実権を握るのである。これは日本の天皇と将軍の関係を彷彿させる。遊
牧民にとってチンギス王家の影響は、これほどまでに強いのだ。

そして、もっと驚くべきことはイワン4世、イワン雷帝もチンギス王家の婿なのだ。
その意味では今のロシアもモンゴル帝国の統治の遺伝子を残しているのかもしれな
いのである。

ロシアとモンゴルは支配者と被支配者という関係だけを強調されがちであるが、当
時のロシアはモンゴルから見れば、見る影もないほど遅れた存在であった。ロシア
はモンゴルにより収奪されることで遅れた存在であり続けたというのがロシアが持
つ自己イメージであるが、実際にはモンゴルは森林に囲まれたロシアよりも、もっ
と豊かな地域に注力をしていた。

ロシアはモンゴルの支配がキッカケとなり他の地域との交易が発展していく。ロシ
アはキエフ・ルーシーの小さな共同体を脱し、より大きな地域へと拡大していく。
ロシアはモンゴル帝国の遺産を引継ぎユーラシア大陸の支配に乗り出していくので
ある。その意味でロシアはモンゴルの継承者の一つである。

モンゴル帝国のユーラシア統一は空前の規模のオープンスペースを人類の前に用意
した。その中で人類は圧倒的に行き交い、発展していった。それが無かった世の中
は想像もできない。

ジャレド・ダイアモンドの銃・病原菌・鉄にあるように地域の交流が限定的だった
南北アメリカ大陸が文明史的にユーラシア大陸に比べて非常に遅れた存在であった
ことを思うと、モンゴル帝国の影響は計り知れない。

14世紀の黒死病の流行もモンゴル帝国の副産物であろう。しかし人類は数億人の死
者などものともせず病原菌を克服していくのである。少なくとも、これが旧世界で
ある私達が住むアフロ・ユーラシア大陸で起こったことである。

モンゴル帝国以後の時代、特に近世、近代はシーパワーの時代であった。シーパワ
ーの没落が明確に予想される中、敢えて過去形で表現したい。その時代においては
遊牧民であるモンゴルの評判はすこぶる悪い。野蛮で遅れた存在で、その暴力的な
抑圧に文明国の定住民は苦しんできた。その抑圧から解放されることこそ人類が目
指す方向だ。それが現在の私達が共有している物語である。欧米先進諸国のイデオ
ロギーも、その延長線上にある。

それがランドパワーの時代になって大きく転換していく。今後は長い時間をかけて
モンゴル帝国が再評価されるようになっていく。時代の精神が変わっていくのだ。
恐らく多くの人はその変化についてはいけない。だから歴史を学ぶ必要があるのだ。
歴史の大きな変わり目であるからこそ、ひとつ前の歴史を知らねばならないのであ
る。

モンゴル帝国も決して無敵の存在ではない。その歴史を学べば弱点も見えてくる。
日本は、これから強力なランドパワーと対峙して生きていかねばならない。敵を知
ることは生き残るための最低条件であろう。プーチンや習近平を悪の権化と腐して
いるだけでは何も生まれない。ランドパワーを知ることが大切なのだ。

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