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「テクノロジーの世界経済史 ― ビル・ゲイツのパラドックス」を読んで

テクノロジーの世界経済史 ― ビル・ゲイツのパラドックス カール・B・フレイ 日経BP

本書は昨今、話題になっている「AIは人間の仕事を奪うのか、それとも仕事を創造す
るのか」という問題に対して産業革命期のイギリス、そして第二次産業革命期のアメ
リカでの歴史をひも解くことにより答えを見出そうとするものである。

副題の「ビル・ゲイツのパラドックス」とはビル・ゲイツが2012年に「イノベーショ
ンがこれまでにないペースで次々と出現しているというのに…アメリカ人は将来につ
いてますます悲観的になっている」と指摘したことに由来する。

その悲観の一部には、自動化で将来の仕事が奪われるということがある。テクノロジ
ーは私達をどこに連れて行こうとしているのだろう。

本書のような数百年にわたる歴史的なアプローチは、個人的に安心できるものである。
現在の視点でみる事象は短期的な見方を免れない。長期的な歴史から得られた知見を
抽象化することで未来をよりはっきりと見ることができる。

本書ではテクノロジーを労働力を手助けする労働補完技術と労働力そのものを不要に
してしまう労働置換技術に分けて論じている。

産業革命当初のイギリスでのテクノロジーは労働置換技術としての性質が強い。機械
が自動で布を織りあげる自動織機、動物の動力や自然エネルギーの代替である蒸気機
関は人間の行っていた労働を丸ごと消滅させてしまった。

片や、第2次産業革命の主テクノロジーである電力や内燃機関は労働力を補完して、
より高度な作業を可能にした。

イギリスでの産業革命では機械により労働者がいらなくなり、労働者は何十年も低賃
金を受け入れなければならなかった。機械を破壊するラッタイド運動も頻発した。大
人の熟練職人は解雇され、子供や低熟練の労働者でも仕事をすることが可能になった
のである。機械労働に熟練作業が要求されるようになるまで、労働者の地位は低下し
ていった。

また、第1次産業革命における労働者の待遇は共産主義運動の源にもなった。労働者
の悲惨な状況を知っているからこそ、マルクスもエンゲルスも社会の革命的な変化を
必然と考えた。

一方、第2次産業革命のアメリカではテクノロジーの発展に伴って労働者は楽になり、
経済発展の利益を享受することもできた。資本家だけが利益を得るのではなく、労働
者にも応分の利益が分配された。

現在、進行中の電子技術やAI技術を主とするテクノロジー革命はどちらの性質が強い
のであろうか。

筆者は現在のテクノロジー革命は労働置換技術の性質が強いと論じている。つまり、
何年、何十年といった期間で多くの労働が奪われていく可能性が強いと予想する。

そしてイギリスでの第1次産業革命のように、長期的にはテクノロジーによって、奪
われた職業も労働者に戻ってくると予想している。勿論、求められる仕事は大きく異
なってくる。

熟練職人が簡単な機械操作をする子供や低熟練の労働者に仕事を奪われた。その後、
機械操作が複雑になるに従って、熟練職人とは別の能力を必要とする熟練工が必要に
なってくる。その再現は再びなされると筆者は予想する。但し、第1次産業革命には
複数世代にわたって、その移行がなされたため、仕事を奪われた熟練職人は個人とし
ては二度と仕事を取り戻すことはなかった。

筆者は、その期間を短くするためにも再教育や転職の推進を挙げている。転職を阻む
要素を法的に規制することも提案している。例えば雇用契約で同業他社への転職を妨
げるような契約を無効化することも有効である。

また転居に対して補助金を出すことで転居の促進を進めることも有効だ。同じ職業で
も経済的に発展している地域では従来の職業も高い賃金が得られる傾向がある。社会
変革にとって転職推進も有効であるが、転居の推進も有効な政策である。

いずれにせよ変化自体を抑制するのではなく、変化に対応した社会構造を作り上げる
ことが提案されている。

筆者のテクノロジー革命に対する比較的楽観的見方は「アマラの法則」からも来てい
る。「アマラの法則」とは未来学者ロイ・アマラの提唱したもので、私達はテクノロ
ジーの影響を短期的には過大評価し、長期的には過小評価する傾向があるというもの
である。

この法則は以下のようなことを述べている。

社会全体から見ると当初はテクノロジーは予想ほどは拡がらない。小規模な導入がな
されて各所で調整がなされた後、暫時的に大規模導入がなされる。導入の障壁は多く
の人が予想よりも高い。

現在、多くの人に注目され、懸念されているAI技術も、現在の予想よりは導入に時間
がかかる。小規模の導入が繰り返された後、大規模な導入が実施されると筆者は予想
する。

その予想が正しければ、現在の労働者がAIに仕事を奪われる影響は現在の多くの人々
の懸念よりは緩和される。

個人的には対人サービスの要素が少ないチャットや映像の分野などで人間からAIに仕
事が移っていくことは直ぐにでも起こるであろうが、実際に触れ合うことが必要な仕
事(美容院やマッサージや濃密なコミュニケーションを必要とする分野)での仕事が
奪われる圧力は限定されであろう。

最近、AIが人間の仕事を奪うのか否かという問題を考えるのに、人間と同じような対
人サービスをするようなアンドロイドの動画やCGでの映像をみて考えたのだが、人間
と同じようなサービスには、まだかなりの問題が存在する。人間と同じサービスが必
要な部分は将来的にも、かなり安泰であろう。

ただ、よりグレードの低いサービスで満足されてしまうものは機械に変わってしまう
ことは十分にあり得る。ペッパー君で出来るような仕事には人間は不要であるし、人
間とペットの間にアンドロイドが存在するならば、その存在意義は十分にあり得る。
人間のパートナーが得られない人のためにAIやアンドロイドの恋人が、その代替をす
るということは十分に考えられる。上級国民には人間のパートナー、下層国民にはAI
のパートナーという世界だ。

いずれにせよ変革に対応していくことが最良の選択になる。過度に恐怖を感じること
なく未来に進むしかないのだ。

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