イノベーションはなぜ途絶えたか 科学立国日本の危機 を読んで

2020年8月13日

イノベーションはなぜ途絶えたか: 科学立国日本の危機 (ちくま新書1222)  山口 栄一

イノベーションが日本から消えつつある。中国やGAFAをはじめとする米国企業の技
術革新は恐るべきものがある。それに比べて日本の凋落が目立つ。毎年のようにノーベ
ル賞受賞者が出る昨今ではあるが、その評価されている研究は何十年も前のものである。

本書は日本からイノベーションが消えた構造や、その対策について新書とは思えないほ
どの骨太の議論をするものである。

第1章はイノベーション企業であったシャープの凋落がどうして起きたのかについて書
かれている。液晶事業への過度の設備投資といった表面的な理由ではない、イノベーシ
ョンを志す組織が陥りやすい罠がそこにはあった。今までの成功体験を捨て去る勇気を
持たなければ、次のイノベーションが起こせない場合が多々あるのだ。

第2章は日米のイノベーションに対する支援策の違いを書く。米国では、どんどん研究
者がイノベーションを目指して起業をすることが一般的になっている。これは決して米
国人が起業家精神にあふれているからといった単純な理由から起きている現象ではない。

米国はSBIR(Small Business Innovation Research)というスモールビジネス支援
制度を使って国策としてイノベーションを支援してきた。方や日本は同じような制度で
も中身は全く異なる制度でイノベーションには全く影響を与えることが出来なかった。

第3章ではイノベーションにおける思考の構造を明らかにし、第4章では科学が社会と
の関係性の中でしか答えを出せない分野としてトランス・サイエンスを紹介している。
原発問題は、正にトランス・サイエンスのど真ん中で議論されるべきことである。第5
章と終わりにでは、日本におけるイノベーションの危機に対する処方箋が書かれている。

出来ることなら多くの人に本書を読んでもらいたい。イノベーションとは、決して特別
な人だけが関係していることなのではなく、大なり小なり全ての人が実行できるものだ
からである。本書中の指摘で戦後の日本が「リスクに挑戦しなくても幸福に過ごせる社
会」を目指したとある。これが現在の日本の閉塞状態の大きな要因に違いない。

戦後の日本の大目標「リスクをとらなくても幸福になれる社会」は大成功したのだ。そ
して、その大成功が大停滞へとつながる。それが現在の日本である。

米国でイノベーションを中心とする起業が次々に起こってきたのも、単純に米国が起業
家精神に溢れていたわけではないという筆者の見識も大いに気づかされるところがあっ
た。有意義な起業が頻繁に起こるという現象には、それなりの仕組みシステムが必要で
あり、そのシステムを恒常的に動かしてきたということが成功の源泉であろう。

そしてそのシステムの根幹を支えるのは、やはり米国が持つ起業家精神に他ならない。
同様の精度が日本においては換骨奪胎され、単なる中小企業支援策になってしまったこ
とからも明白である。

現在の日本において官僚でイノベーションの見極めが出来る人間などいるわけがない。
ましてや、そのように権限に絡んだ仕事を外部の人間に任せることを日本の官僚制が出
来るはずもない。現在の日本には土台無理な制度なのである。

私の本書に対する結論になってしまうのだが、このような筆者の素晴らしい提言にもか
かわらず、日本がリスクを取れるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだと思う。
リスクを取るには余裕が必要である。今ほど日本社会全体に余裕がないという「空気」
が蔓延している時期はないのではないか。

社会のあらゆるところで一定の枠の中に人間を押し込もうとする動きと、人々が、そこ
に同調することによって自分の身を守ろうとする動きを感じる。多くの人が守りを固め
ていながらも、その殻の中で押しつぶされそうになっている。

人々の中に社会の中で押しつぶされていくことへの恐れと、何か事あれば社会を崩壊さ
せてしまった方がよいのではという、どうしようも無さから来るマイナスの期待感が満
ち始めている。人々は破綻を恐れながらも待ち望んでいる。このバランスがある一線を
超えたとき社会は激変すると予想する。

それは何時なのか。そのとき自分はどうするのか。今は、それを考えるのみである。

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