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『NEO HUMAN ネオ・ヒューマン 究極の自由を得る未来』を読んで

NEO HUMAN ネオ・ヒューマン 究極の自由を得る未来 ピーター・スコット・モーガン 東洋経済新報社

筆者は2017年にALS(運動ニューロン疾患)と診断される。車椅子の物理学者、
スティーブン・ホーキンス氏が同じ病にかかっていたことで、この病気のことを知
っている人も多いかと思います。

ALSは徐々に身体が動かなくなっていき、飲食、排せつ、呼吸といった根源的な
生命活動さえも不可能になっていく難病です。未だに治療法は見つかっておりませ
ん。多くの患者が動くことも意思を表明することも難しい状態になっていくのです。

機械によって生命活動を維持することは出来ても自分の動かない肉体に意思が閉じ
込められてしまう症状の末期は、多くの患者にとって絶望的なものでしょう。

意思がしっかりとある中で、それがほとんど動かない身体に閉じ込められてしまう。
これは自分の意思が自分自身の肉体という動かない牢獄に幽閉されることです。そ
して改善はあり得ない。これが如何に酷い状態なのかは想像に難くありません。

筆者は、この状態をテクノロジーで解決しようとします。機能をしない肉体のパー
ツをドンドン機械に移し替えることにより、クオリティ・オブ・ライフを維持しよ
うと考えます。

例えば排泄機能を残したまま、介助者によって排泄の補助をしてもらうよりも直腸
から機械的に排泄する方法を選びます。

食事を味わうことを諦め、胃に直接、栄養を送り込む胃瘻を選択することで食事に
関する様々な面倒な労力を回避します。食事を楽しむことが出来ないと考えると悲
観的に考える人もいるかもしれませんが、重度のALS患者にとっては普通の食事
も命の危険がある行動になるのです。

人間としての喜びで一体、何を残していけるのかということを厳しく考慮しながら
筆者は自らの機械化を進めていきます。

自分の元の声を基にした合成音声。動けない自分の代わりに動くアバター。高機能
な車椅子。筆者が考え、実行へと向かっていくサイボーグ化は様々なかたちに及び
ます。

自由にならない現実世界から、意思さえしっかりしていれば自由に振る舞える仮想
現実空間へと活動を移すことも考慮しています。筆者の考える自分の未来の姿は、
私達が人間と考えている枠を大きく超えるものになっていきます。

私自身は肉体のサイボーグ化には、あまり賛成は出来ませんが、動かない身体に閉
じ込められるよりは、よほど健康的な判断にも思えます。自然のままで肉体に閉じ
込められて絶望しながら死んでいくか、命の危険を冒しながらも機械化した人間と
して生きていくかは選択肢の問題に過ぎないからです。

ただ、彼がこのような機械化を実行できるのはイギリスの手厚い国民医療保険制度
があるからだという指摘しておかなければなりません。医療保険の乏しい米国なら
機械化などという選択肢はあり得ず、安楽死という選択肢が浮上してくることでし
ょう。

筆者はイギリスの上流階級の家庭に生まれます。何不自由ないエリートとしての将
来を約束されていた彼には一つ大きなマイナス点がありました。彼はゲイだったの
です。イギリスの保守的な社会で、これは大きな問題です。彼の人生は社会の中で
ゲイとしての自分の生き方を守る戦いの歴史でもあるのです。

本書ではALSと診断されてからの闘いの物語と、ゲイとしての自分自身の生き方
を社会から勝ち取る闘いの物語が別の時間軸で並行して進んでいきます。この二つ
の闘いの物語は感動的で多くの人を魅了することでしょう。

最終章では未来のこととして自分が肉体的な死を迎える日を描いています。その中
では彼の意思は肉体の中から電脳空間にコピーがされており、肉体の死とは関係な
く意識は生き続けるようになっています。

私は魂が存在すると考えている観念論者ですので、このようなことはあり得ず、意
識のコピーは実態としての意識に置き換わることはないと考えています。ただ唯物
論者にとっては十分あり得る未来なのでしょう。

唯物論者の筆者の考えるネオ・ヒューマンは、こうして永遠の命を手に入れるので
す。この永遠の命が幸福なのか否かは別の議論として置いておくとして。これは既
に私達、人間とは異なるネオ・ヒューマンに違いありません。

私達はこんなところにまで行ってしまうのでしょうか。筆者はALSという牢獄に
閉じ込められつつある条件だったので、ネオ・ヒューマンは希望に溢れるものです。

しかし、肉体が十分使える人達にとっては仮想現実やネオ・ヒューマンは新しい牢
獄になるような気がしてなりません。

私は仏教徒なので、人が生きている世界は魂の修業の場であると考えています。牢
獄から抜け出すことは、新しい牢獄を作ることではなく、執着を少しづつ捨ててい
くことだと考えます。私はネオ・ヒューマンとは程遠いところにいるようです。

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