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日本のマクロ経済政策-未熟な民主政治の帰結 を読んで

2020年8月13日

日本のマクロ経済政策: 未熟な民主政治の帰結 (岩波新書)  熊倉正修  岩波新書

本書は新書であり、経済が専門ではない者にでも読みやすく、主題も限定されている点
も理解しやすいものになっている。

テーマは大きく4つ。

第1は日本の為替介入政策、つまり円安誘導政策の是非を問う前半と、その為替介入で
手に入れた外貨つまり米ドルがどのように特別会計の中で扱われているかについての後
半に分かれる。

第2は日銀の金融政策についての批判。

第3は日本政府の財政政策についての批判。

第4は、この事態を招いたのは有権者が高齢化するという「シルバー民主主義」ゆえな
のか。

以下、各テーマごとに概要を書く。

まず、第1のテーマ日本の為替介入による通貨安誘導政策に対しては、その一方通行制
を批判する。公的機関の通貨の介入は長期的な影響力を持たず、短期的な影響に留まる
というのが筆者の認識である。つまり、介入が行われても長期的には市場の大きな流れ
に逆らうことが出来ず、元の状態に戻っていくということだ。私も同じ認識だ。

つまり公的介入は市場のあまりにも急激な変動を抑制するためだけに行われるものであ
り、日本のように自国通貨安を意図するような介入は間違っているということだ。

もう1点、こちらが本書の愁眉ともいえる箇所であるが、為替介入後の外貨がどのよう
に運用されているかが記されている。

政府が短期債を発行しバランスシートを拡大し外貨(実質的には米国債)を購入すると
いうことが日本政府が行っていることである。驚くべきことは外貨を現在価格で評価せ
ず購入時の金額(簿価)で評価している点である。そして利息分のインカムゲインを含
み益として政府の通常予算に組み入れているのである。

これは本当のところは為替介入の特別会計が赤字なのか黒字なのか分からない状況で名
目上の利益のみを供出しているということである。円高になれば損失になることは明ら
かである。そして利益が出ているときも、その利益を現金化する(円貨にする)ことが
出来ないのである。これは全額を米国に貢いでいるのと同じである。

第2のテーマ日銀の金融政策については日本はデフレではなく日銀の金融政策は政府の
財政ファイナンスを支援しているだけであるという主張である。

筆者は日本はインフレが抑制されたディスインフレ状態であって、価格が継続的に下が
っていき、国民が継続的な物価の下落を予想しているデフレではないとする。統計であ
るCPI(消費者物価指数)に表れているデフレ傾向は指数に組み込む商品の荷重を変
更し続けていることから生じていると説明する。

日本の現状に対する正確な認識なしに日銀は年間物価上昇率を2%にするという不可能
な目標を立て、それさえクリアできれば日本経済の問題は解決するとして日銀は行動し
ている。結果として恣意的か恣意的でないかにかかわらず、政府の財政を日銀がファイ
ナンスするという間違いを犯している。そして、そのジャブジャブマネーの終了、いわ
ゆる出口政策が出来ないでいる。日銀は不退転の決意で不退転の隘路に入ってしまった
のだ。

第3は日本政府の財政政策に対する批判である。
日本の経済の分野の中で唯一、インフレ圧力を持っている分野があると筆者は主張する。
それは医療・介護分野である。社会が高齢化し、消費者の母数も拡大する一方であるの
に、実際には同分野が際立つような成長をしていない。この原因は政府が高齢者の不満
を抑制するため、社会保障費を抑えるため、同分野の値上がりに政策的な歯止めをかけ
てきたからだとの主張である。
確かに、同分野では一部の医者を除いて給与は低いままで抑えられ、高給与の医師も含
めて劣悪な環境に置かれている。この規制がなければ、日本経済は市場原理に沿って適
切にインフレ誘導できたと筆者は説く。

第4のテーマは、このように経済的に不合理な政策が選択され続けた理由は、一般的に
言われるような高齢者が有権者の中で占める比率が高い「シルバー民主主義」に由来す
るものではないと筆者は主張する。他の先進国の状況から高齢者率と経済政策の合理性
の間に因果関係はないとみる。高齢者率よりも、むしろ国民の政治成熟度との関係の方
が比例しているというデータを示す。日本の経済政策が間違い続けてきたのは、高齢者
が多いからではなく、有権者が愚かであるからだというのが筆者の結論である。

本書を読み、今の日本の財政金融問題の全体図が、はっきりと見えてきた。

政府・日銀は金融は、ドンドン拡大し、好景気を演出しながら、消費増税も財政基盤の
安定を名目に実行する。

野党の一部の財政緊縮派は財政安定を理由にする消費増税に反対しづらい。方や財政拡
大派の野党はMMT(現代貨幣理論)により、財政問題は消滅してしまうため、国民に
大規模なバラマキを行うべきだと主張する。

この対立は野党共闘を妨げる大きな要因の一つとなっている。

ここで3者の主張を整理したい。3者とは政府・日銀、野党緊縮派、野党拡大派である。

恐らく政府・日銀は財政赤字が縮小して健全な財政状態にすることが可能であるとは信
じていない。ひたすら破綻を先送りして現状を出来る限り維持するということが最大の
目的だと思われる。それ故、建前としては日本の財政は安全だ、問題ないと説明をしな
がら抜本的な改革は行わないでいる。

彼らを擁護するようだが、既に政治的にも抜本的な改革は不可能になっている。抜本的
な改革とは、現在、何らかの形でお金をもらっている人たちに、もう払えない、後は勝
手に自分達でやってくれということだからである。

それでは野党緊縮派はどうか。彼らも政府・与党と同意見である。現状を出来るだけ長
期間維持すること。これが両者の共通の目標である。そのために消費税を増税し、健全
な財政への復帰をアピールすることが大切なのである。但し、本当のところは財政再建
は不可能なものとなっている。

野党拡大派は、この2者の建前論「日本の財政は問題はない」を逆手にとって、それな
らば財政拡大をしても大丈夫ではないかと主張する。

緊縮財政で締め付けられるのは多くの大衆層である。緊縮政策は大勢の大衆を締め付け、
一部のエスタブリッシュメントの現在の地位を出来る限りの長期間、維持しようとする
ものに他ならない。財務官僚の中には資産を外貨に変えたり実物資産に移している者も
いるという。うがった見方なら既存の制度を維持することで、大衆から収奪し個人の利
益を拡大しているだけだとも言える。

緊縮派は建前としては日本社会の長期的な安定を模索しているのだが、そのために大勢
の人たちからコストを巻き上げている。これが拡大派の主張である。俗な言葉で言えば
「自分達だけいい思いをしてないで苦しんでいる俺達にも分け前をよこせ」と言ってい
るのである。

最近話題のMMT(現代貨幣理論)や、それよりは筋が良さそうな公共貨幣理論は拡大
派のオプションである。ベーシックインカムも同じ系列にあるものと言える。

確かに通貨を発行しても一向にインフレにならない現状は、MMTのように「インフレ
の恐れがない限りは、通貨はいくらでも発行できる」という主張が妥当に見えるときも
あるであろう。しかしながら通貨の信用とは発行量に比例して失われるものではない。
逆に言えば、一度、信用が失われると発行量を減らしても、それに比例して信用が回復
するものではないのである。

財政拡大派は、日本の社会の根本的問題を解決しない中で解決策を見出す立場である。
多分の日本の根本治療は数十年もかかるものであろう。その解決がなければ、経済的な
苦境から脱することが出来ないというのなら、それは大衆にとっては絶望でしかない。

財政拡大派の一番苦しいところは、救いがないという状況なのにも関わらず、救いのオ
プションを提供しなければならないところである。もしかしたら財政拡大が解決策にな
ると思っているかもしれないが、長期的に見たら一時しのぎの策に過ぎないであろう。
救いがないとなったら、大衆は政治には絶望し、暴動が起こるのかもしれない

今の市場は、コップ一杯の水を表面張力でギリギリ保っているようなものである。ただ
この状態がどれほど持つのか、どれほど余裕があるのかは誰も分からない。徐々に少し
ずつ水がこぼれるのではなく、何かのショックで水が大きくあふれ出す、いやコップそ
のものが壊れてしまう時が近づいている。そのキッカケは米国債の暴落から発生すると
私は思う。

さて私の意見だが、3者とも間違ってはいるが、他にオプションもない、どうしょうも
ないなというのが本音である。

日本の財政は破綻する。そして多くの先進国の財政も破綻する。私達に残された選択肢
は、いつ、どのような形で破綻させるかということくらいしかない。多分、政治家や官
僚は時間稼ぎと共に、破綻が自分の責任ではないということが示せるような事象を待っ
ているのだろう。もしくは米国は、その理由を自分で作るのかもしれない。

来るべき破綻に向けて、何が本当に間違っていたのかを明らかにすること。破綻で何を
終わらせることが出来るのか明確にすること。これだけが私達に出来ることのように思
う。

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