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『エネルギーをめぐる旅』を読んで

エネルギーをめぐる旅 古舘恒介 英治出版

本書の筆者は大学教授というような、いわゆる知識人ではない。ENEOSの前身
である日本石油に入社したことから幅広いエネルギー業界の事業に従事してきた企
業人である。そうしたサラリーマン生活を続ける中での長年の思索をエネルギーと
人類社会との関係を大きな視点からまとめたものが本書だ。

しかし、その素晴らしさは第一級品である。人類とエネルギーを取り巻く問題を様
々な側面から論じていく。もし筆者が英語圏の知識人であったなら、世界的なベス
トセラーになっていても、おかしくないほどの作品である。

筆者は人類とエネルギーの問題を、歴史上のエネルギー革命、運動法則と熱力学法
則からの視点、環境問題から見たエネルギー問題から考察する。そして、その考え
を統合して未来を考えたエネルギー問題の解決法を探っていく。

先ず人類は歴史的にエネルギーについてのイノベーションを繰り返すことで、その
活動を拡大してきた。

原始の人類が発見した火のエネルギー革命

狩猟採集生活からの離脱を可能にした農耕のエネルギー革命。そして人類の文明社
会を支えた森林のエネルギー革命。

化石燃料エネルギーを動力に変換する産業革命と、それを電気に変換し、様々な用
途や場所で使用できるようにした電気エネルギー革命

荒れ果てた土地でも耕作が可能となる肥料を人工的に製造する肥料革命。近代の大
気中の窒素を固定させて人口肥料を製造するハーバー・ボッシュ法がなければ現在
の80億の人類の食料生産は到底かなわない。

このように人類の歴史はより多くのエネルギーを貪欲に消費し続けるために革命を
繰り返してきた。

次にエネルギーに関する自然法則から考える。エネルギーは様々なかたちに変化す
るが、エネルギー保存の法則で示されるように全体量は一定だ。しかし熱力学第2
法則により、そのエントロピーは増大し、質の低い(エントロピーの高い)エネル
ギー、最終的には熱エネルギーに変わっていく。一方で人類が行ってきた歴史は外
界からエネルギーを取り入れて自分の周りのエントロピーを低くする行為に他なら
ない。自然法則から外れた動きでエントロピーを低いまま維持するのが、生物のエ
ネルギー交換の在り様である。その極限に存在するのが人類なのだ。

エネルギー問題は資本主義における経済的な問題であると共に環境問題でもある。
環境問題は経済合理性、つまり儲かるか儲からないかの問題の外に汚染物質等の排
出があることから発生する。いくら環境を汚染しても、それによって利益が影響を
受けなければ環境を守るインセンティブは働かない。環境保護には、このような公
害対策を内部化して利益に影響を及ぼすシステムが欠かせない。しかし何をどのよ
うに制限するのかという問題は複雑すぎて答えが容易には出せない。実際には様々
な勢力の政治的な争いに左右される問題である。これが環境問題の解決を難しくし
ている。

また資本主義も外界からエネルギーを取り入れ、自らをドンドン複雑化していくエ
ントロピーを低くするものだ。また、そのシステムの維持にも大量のエネルギーを
消費する。ひとたびエネルギー供給が滞るとメンテナンスが行われないシステムは
徐々に崩壊していく。環境問題を解決するには資本主義も抑制する必要がある。

それでは筆者はエネルギー問題を長期的にどのように解決しようと考えているのだ
ろうか。先ずは最終着地点を21世紀末には核融合が実用化されているというとこ
ろに設定する。それまでは太陽エネルギー等の再生可能エネルギーを使わざるを得
ないと結論付ける。太陽光や風力といった自然エネルギーも現在、地球の自然環境
の中で回りまわって使用されているもので、それを一方的にエネルギーとして人間
が使うことは自然環境に影響を及ぼす。しかし消去的な手段として人類は一定期間
は自然エネルギーを使わざるを得ない。また現在の核分裂による原子力エネルギー
も同様に消去的な選択肢の一つだ。

つまり再生エネルギーの使用拡大や効率的な利用だけでは問題は解決しない。エネ
ルギーの使用量そのものを減らす必要がある。現在の人間の要求そのものが変容し
ない限りエネルギー使用量を恒常的に減らすことは出来ない。新型コロナウイルス
の影響による世界的なロックダウン下でも全世界のエネルギー消費はそれほど減少
しなかった。ロックダウンが終わると経済は急速に元の状態に戻ろうとしている。
エネルギー消費を減少させるには、私達自身が何を望み、何を幸福だと思うのかと
いう価値基準までも変化させることが必須なのだ。

その人間像として筆者は江戸時代の庶民、特に江戸っ子の気質に学ぶべき点がある
と述べる。「粋(いき)」「野暮(やぼ)」「気障(きざ)」を使って江戸っ子気
質を現在に復活させた世界を描く。

最後に私の感想をまとめる。エネルギー問題や環境問題は多くのイデオロギーが政
治的に争うものである。国際的なルール作りは各国や各企業に大きな経済的影響を
与える。当然、政治的な闘争がなされている。それ故、問題がドンドン複雑になり、
真実が見えなくなってしまう。それでも筆者の提示するような、より長期的な視点
があれば人間は真実を見極めやすい。

恐らく筆者の提示するようなオプションが多くの人々にとって最も幸福な道筋にな
るだろう。今後の80年くらいはエネルギーと環境に配慮した制限された時代が続
き、その後の核融合が現実となった次の時代では、宇宙開発も視野に入ってくるよ
うな飛躍の時代になる。

現在の次に来る時代は来るべき宇宙時代に大きくジャンプするための80年間の屈
伸期間になるのかもしれない。ギュッと縮んだ後の伸びが大きいようにエネルギー
と環境問題で制限された人類が再び解き放たれるとき、大きく新しい世界へと飛び
立っていくのだろう。しかし、それは22世紀になり、私達のほとんどはそれを見る
ことはない。私達は縮んでいく時代で生きるしかないのだ。

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