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『コールダー・ウォー』を読んで

コールダー・ウォー マリン・カッサ 草思社

作者はケイシー・リサーチセンター・エネルギー部門主任研究員、エネルギー産業
に特化した投資ファンドマネージャーである。

2014年出版で日本語訳は2015年、当然のことであるがウクライナ戦争以前のもの
である。しかし、プーチンの戦略は間違いなく長期的に一貫しているのが分かる。

本書はいくつかのテーマに分かれている。

先ずはプーチンが如何にロシアで権力を握り、政敵を潰してきたかというストーリ
ーである。プーチンに従わなかったことで社会的に抹殺、もしくは本当に殺されて
しまった政敵も数多くいる。しかし、これはプーチンが私欲に走っている独裁者と
いうことを意味しない。プーチンは自らが理想とするロシアを作り上げるために邪
魔者を排除しているのだ。自らも利益を得る部分もあるであろうが、本質的にはロ
シアのために行われている独裁体制というのがプーチンの考えている現状のロシア
体制であろう政体であろう。

次はプーチンが何を武器としてロシアを勃興させようとしているかが内政や外交か
ら描かれている。ロシアの最大の武器は石油、天然ガス、ウランといったエネルギ
ー資源だとプーチンは考える。国内においてはエネルギー産業をロシアの国益に沿
うように再編成し、自分の手駒として使えるようにする。外交においてはエネルギ
ー消費国やOPECといったエネルギー産出国と強い関係を構築する。このエネル
ギーを武器にするという戦略をロシアは長期的に行ってきた。その具体的な歴史が
描かれている。

そして最後にロシアのエネルギー資源を最大限活用する結果としてペトロダラー体
制の解体を目指してると本書は説く。

米ドルは現在、世界の基軸通貨である。1971年のニクソンショックにより米ド
ルは金とのつながりを失った。米ドルが基軸通貨でなくなる危機であったと言える。
しかし米国は新たな覇権政策を実行する。それが1974年のワシントン・リヤド
密約である。

サウジアラビアの石油を米ドル建てで販売すること、サウジアラビアに流入する米
ドルを米国債で運用することを米国はサウジアラビアに求め、その代わりにサウジ
アラビア王家の安全保障を確約したのである。

サウジアラビアは人口が少なく、また外国人の比率が高い国である。周辺の強国イ
ランやイラクに対する警戒感が強い。いざという時に国を守る国民がいないのであ
る。そして国内においてもスンニ派のワッハーブ派という非常に戒律に厳しい宗派
が牛耳っている。

サウジアラビア王家であるサウド家もマホメットの子孫のハシーム家を征服するこ
とによりサウジアラビアを建国する。第1次世界大戦後に中東で戦国武将のように
アラビア半島を切り取ったのがサウジアラビアの生い立ちである。

国内においてもサウド王家の体制は盤石とは言えない。国民の不満も多い。厳格な
宗教の割にはサウド王家は贅沢三昧という批判も多い。方や原理主義的な組織を援
助するような資産家もいる。サウジアラビアは国民国家では全くないのである。

このように不安定な国家と王家の安全保障を米国が保証してくれるということはサ
ウジアラビアにとって大きな利益になった。そうしてワシントン・リヤド密約は結
ばれた。この影響で国際的な石油取引は全てドル建てで行われるようになった。他
の貿易の決済も、ほぼドル建てで行われるようになり、米ドルは基軸通貨としての
地位を再び強固なものにしていく。

各国は海外から何か必要なものがある場合、米ドルを持っていないと購入が出来な
い状態なのである。それ故に世界の各国は外貨準備金として大量の米ドルを保持す
ることが必須になった。その米ドルは米国債として運用され、再び米国に還流する。
現在の米国の金融市場の隆盛も米ドルが基軸通貨が源泉となっている。

この米ドルの基軸通貨体制の根幹こそペトロダラー体制なのである。過去、これに
挑戦しようとしたリビアのカダフィ大佐は米国に侵略され殺害された。米国の覇権
体制の中心がペトロダラー体制である。これにプーチンが挑戦しようとしていると
いうのである。確かにエネルギー資源の武器に使う闘いの最終目標はそこに行き着
く。本書に書かれているのはロシアがサウジアラビアと結び、ペトロダラー体制に
挑戦しようとしているというところまでである。

ところが時は流れ、それが現実となってきた。

ウクライナ戦争の前までは米ドルの基軸通貨体制は盤石でペトロダラー体制も崩れ
るはずはないと誰もが思ってきた。ところが、それがウクライナ戦争以後、大きく
崩れつつある。ロシアへの経済制裁としてSWIFTという国際決済システムから
西側がロシアを排除したこともあり、ロシアは各国と独自の決済手段を構築してい
る。エネルギー資源のルーブルでの取引も進めている。これはペトロダラー体制に
大きな穴が空いたことに他ならない。そして、ロシアの措置が戦争によってなされ
た泥縄的なものでなく、長期的な計画の一環だとしたら、その結末は恐ろしい状況
が待っている。

ロシアが敗北しない限り、米ドル基軸通貨体制は崩壊してしまうのである。米ドル
が基軸通貨でなくなれば、米国は覇権国ではなく西半球の強国程度になってしまう。

現在、米国が享受している多くの恩恵が消えてなくなってしまうのである。ウクラ
イナ戦争はロシアに対するチェックメイトのつもりで西側が行っているものだが、
事実は米国覇権へのチェックメイトにもなっている。

米ドル基軸通貨体制が壊れれば米国債のバブルも崩壊する。世界で最も安全で信用
があるとされている米国債の信用が落ちる時、世界はどのように反応するのであろ
うか。ほぼ全ての金融商品が米国債というアンカーがある中で信用を判定されてい
る。そのアンカーが無くなってしまうことは金融だけでなく実体経済にも大きな影
響を与える。リーマンショックなどかわいいものなのかもしれない。多くの人が盤
石だと信じていた大地が崩れていく時が近づいているのかもしれない。

身も蓋もない言い方をすれば、本書はある程度以上の資産家をターゲットに書かれ
ている。世界の構造が変わってしまう、それに対して能動的に振る舞える人間が対
象である。世界の変化に自分のビジネスや資産運用を対応させていきたい。そうい
った願望を持つ者に対して書かれたものである。ただ漠然と世界の行き先が知りた
いのではなく、その世界の変化から利益を確保したいと願う人が本書の顧客なのだ。
筆者の商売、投資ファンドマネージャーとはそういった職業である。

ここからは、少し私の話に移りたい。私も米国覇権の急速な終焉を2016年11月
に予想し行動に移した。2016年11月に何が起こったのか。トランプ大統領誕生
である。

米ドル基軸通貨体制の終焉は二つのシナリオが考えられる。一つは穏やかな終焉で
もう一つは急激な終焉である。前者は英国ポンドから米国ドルへの移行のような緩
やかな移行である。覇権国としての英国は第1次世界大戦(1914~1918)で終わ
り始めた。そして第2次世界大戦(1939~1945)の後、完全に米国に覇権が移動
する。このように20、30年をかけての移行が多くの金融関係者にとってのメイ
ンシナリオである。

私はトランプ大統領は大きく見れば、米国の墓堀人であると判断した。トランプは
「Make America Grate Again 米国を再び偉大に」と説くが、実際には米国の覇権
を終わらせる存在である。米国の覇権構造を維持するコストを米国が負担しないと
いうのがトランプの政策である。米国のことを第1に考えるのである。そうすると
長期的に見て覇権構造は崩壊していく。最終的には覇権構造から受けている大きな
利益を失うことになる。その利益構造の一つが米ドル基軸通貨体制である。

ただし、米ドル基軸通貨体制から大きな利益を受けているのは金融関係者を始めと
する現在の米国のエスタブリッシュメントなので、彼らの没落はトランプの支持者
の低所得白人層にとってはざまあみろということになる。

ヒラリーが大統領になった場合、米国が中国やロシアとの戦争を選択する可能性も
あった。この場合は米国覇権構造にとってはギャンブル的な勝利を願ってのことで
ある。唯一、穏健な米国覇権運営をする場合のみ、米ドル基軸通貨体制崩壊を先延
ばしすることが出来る。

このように米ドル基軸通貨体制が急速に崩壊していくと私は判断し2016年11月
に投資行動を行った。そのポジションは現在に至るまで変えていない。2022年
9月現在までの利益は76%である。6年間で年率10%。投資家でもっと上手にやれ
る人はいくらでもいるだろうが、私は短期の動きを見極める能力はないので短期売
買は行わない。私にしては上々の結果である。ポートフォリオは金を中心に組んで
いる。ただし今後の崩壊局面の展開の方が利益が出るであろう。

トランプが1期だけで退陣し、バイデン政権になったが、米国覇権構造の危うさは変
わらない。ロシアに対する戦争で危険なギャンブルをやっているのだ。対立国を潰そ
うとする大きな賭けに出ないといけないほど米国は没落しているのである。

金融ではメインストリームでなかったエネルギーや資源や貴金属といったコモディ
ティが近年、注目を集めている。プーチンの米国に対する闘いは、米国のマネーに
対するロシアの資源というコモディティ(商品)の闘いである。

裏付けがなく米国の信用だけに支えらえた米ドルとロシアの持つエネルギー資源や
貴金属を裏付けにするルーブルとの闘いである。恐らくはルーブルが基軸通貨にな
るのではなく、中国も加わった新たな通貨体制が誕生してくるのであろう。それを
西側が防ぐにはロシアにウクライナ戦争で圧勝する必要がある。果たして、この戦
争はどのようにして終わらせることが出来るのであろうか、まだ、その姿は見えな
い。

トランプが始めたものが、プーチンが引継ぎ、最後は習近平が治めるのだろうか。

織田がつき羽柴がこねし天下餅座りしままに食うは徳川

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