「生きるための日本史 あなたを苦しめる〈立場〉主義の正体」を読んで
生きるための日本史 あなたを苦しめる〈立場〉主義の正体 安冨歩 青灯社
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筆者は東京大学教授である。2019年の参議院議員選挙で、れいわ新選組の10名の候
補者の1人として立候補して全国を馬を連れて回って選挙運動をした。このような話
を聞くと底の浅い色物のような印象を持つかもしれない。しかし一言でいうと圧倒的
な知性と閉塞的な日本への違和感を持つ異形の人である。
前回の書評のユヴァル・ノア・ハラリのそうであるが、私は頭の良い人の文章を読む
のが大好きである。その意味で安冨歩も私のヒーローの一人である。
筆者は、現在の日本を「日本立場主義人民共和国」だとする。この国の憲法は以下の
三条となる。
前文 立場には役がついており。役を果たせば立場は守られる。
第一条 役を果たすためなら、何でもしなければならない。
第二条 立場を守るためなら、何をしてもよい。
第三条 他人の立場を脅かしてはならない。
どうでしょうか。日本人ならば心当たりのあるものではないだろうか。
日本の社会で生きているなら、この「立場」を重視しなければいけないということは
身に染みて分かるだろう。この「立場」を"Position"として海外の人に説明しなけれ
ばならなかったことがある。彼らの中では、これは規則や規制を守るということでし
か理解できない。それを超えた互いをしばりつつ、守るという「立場」というものは
日本独自のものなのだ。
「立場」の歴史は比較的新しい。明治以降の日本の近代化の中で登場した。平安期ま
では「氏」を中心とした社会制度であった。藤原道長は「氏の長者」である。四家あ
る藤原一族を代表するものとして行動した。
これが鎌倉以降は「家」へと移行する。この「家」を中心とした社会が江戸時代の終
わりまで続いた。明治以降、近代になり「家」が個人に押し込められたのが「立場」
であると筆者は述べる。
立場を重視すると、この仕事は立場上、誰々にやってもらわなくてはならないとか、
立場を守るために仕事をするということが頻繁に起こる。立場を守るために仕事を作
らなければならなくなり、無駄な事がドンドン生まれていく。しかし、これは永久に
続けられる話ではない。日本の社会は既に立場を支えきれなくなっており、これから
様々な場所で社会の仕組みが壊れていくことが自明となっている。
企業は無駄な人員を雇っておくことが出来なくなっている。立場を維持するだけの社
員は不要だ。立場主義の象徴でもある印鑑の使用も風前の灯だ。AIによるオートメー
ション化が進めば多くの仕事が消えていくだろう。それと共に立場も消えていく。
筆者は、この混迷の時代をどのように生きたらよいと述べているのであろうか。その
一つが「過去を向いて未来に向かって後ずさりする時代」である。
日本語に「先」という言葉がある。現在では「未来」を表す言葉として使われること
が多い。ところが戦国時代以前は「先」は過去のことを示していた。これが徐々に変
わっていき江戸期のどこかで未来へと完全に意味を変える。
例えば、テレビの水戸黄門のセリフ「先(さき)の副将軍」は過去を表している。
未来が見えなかった時代は過去を見ながら、人間はそろそろと手探りで未来に向かっ
ていった。とりあえず実験的な行動を起こし、そのフィードバックを受け取って(つ
まり過去を見る)未来の手掛かりにした。
未来が見えない時代は、このやり方が復権する。フィードバックで得られた処方箋は
人それぞれで異なってくる。筆者自身の処方箋は「馬」である。
詳しくは本書を読んでいただきたいのだが、馬の世話をし、馬に乗るようになって筆
者の人生は大きく変わっていく。未来は人がそれぞれ生き延びる道を探す時代になる
のだろう。未来を切り開く道具をそれぞれが手に入れる必要がある時代になる。
こんな未来を想像して不安になる人もいるかもしれない。私は変革にワクワクしてい
る。私はこの同質性が強い日本で密かに抵抗するレジスタンスの一人である。勿論、
誰かと協力しているわけではなく、たった独りで抵抗しているわけである。
可視化されないシステムで同質性を強要する社会の中で自分の生存地域を確保するた
めに、少しずつ分からないように闘ってきたのだと思う。
こんな私にとっては、みんなが未来が見えないと思っている時はチャンスでしかない。
なぜなら、私には少なくとも自分が進む未来は見えているからだ。
「日本立場主義人民共和国」の崩壊後にどんな社会を作り上げるのか。あなた自身が
仲間と自分達の社会を作り上げるのも夢ではない。
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