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人新世の「資本論」を読んで:解決困難な問題を明確にする方法論

人新世の「資本論」 斎藤幸平 集英社新書

本書は地球温暖化について書かれたものです。

本書の主張と私の主張は異なる点も、ままあるのですが、その差異については、後
ほど説明していきますので、先ずは筆者の主張について書いていきます。

本書の主張は人類が地球温暖化という気候変動への対応をするためには経済体制を
根本的に変えなければならないというものです。

最初に筆者は最近よく言われている「SDGs」持続的可能な成長というものに大きく
疑問詞を付けます。今の経済体制の延長である「成長」を前提にしている時点で既
に地球温暖化には寄与しないということです。

これは地球温暖化のために何かをやっていますよというアリバイ的な意味しかない
と筆者は述べます。これは結局は気候ケインズ主義で国家財政によって再生エネル
ギー投資を拡大し、その部分で経済を拡大する。そして従来の経済システムを維持
しながら新たな経済体制への移行を目指すものです。これは甚だ中途半端なもので
しかなく、そのような態度では地球温暖化を止めることは出来ないとします。

筆者は気候変動に対応する政治体制として4つのものをあげています。


力             |
|           |
強  気候毛沢東主義  | 気候ファシズム
|           |
--------------------
↓             |
|      X     | 野蛮状態
|           |

平等  →  →  →  →  →  不平等

縦軸で国家権力が強いか弱いか、横軸は平等か不平等かで分かれます。

気候毛沢東主義は今の中国が行っているような全国民対象の管理体制を気候変動向
けに行うようなイメージです。気候ファシズムは一部の階層だけが気候変動の被害
を防御出来るような政治体制です。野蛮状態は気候変動の影響で無政府状態になっ
てしまった状態です。この状態になってしまえば最早、気候変動には対応できない
のは明らかです。

このXの部分が理想的な自由主義と気候変動を抑制する政策が共存する政治体制で
ある。しかし、この姿は未だに明確ではない。筆者はこの解決法としてマルクス主
義を持ってくる。

通説ではマルクス主義と環境保護の相性はあまり良くない。筆者はマルクスの晩年
の研究から脱ヨーロッパ主義、脱進歩主義の萌芽を見つける。その中にXの可能性
を見つけようとする。

マルクスに処方箋を見出そうとする筆者は地球温暖化の資本主義的な解決法を批判
する。その矢面に立たされるのが「加速主義」である。加速主義とは資本主義をよ
り発展させることで気候変動を解決しようとする考え方である。

例えば、もっと科学技術が発展すれば太陽光発電を拡大して現在の消費エネルギー
を十分まかなえるようになる。地球上に太陽光発電の場所がなければ、宇宙空間に
太陽光発電衛星を打ち上げればよい。地球の鉱物資源が無くなれば、宇宙に鉱山資
源を求めればよい。

二酸化炭素の増大も地殻の深い層に埋め込むことで、大気中への放出を防ぐことが
できる。また大気圏上空に硫黄酸化物を散布することで、太陽光を直接ブロックで
き、温暖化抑制効果が期待できる。

温暖化拡大に影響を与える牧畜も細胞培養による食品の工場内での生産が可能にな
れば、牧畜の温暖化に与えるコストは格段に減少する。

要するに今までの消費生活を変えなくとも温暖化を抑制できるという考え方だ。

筆者は、これは「SDGs」持続的可能な成長と同じく、一応対策をしていますという
温暖化対策のアリバイ的な役割として機能するだけで、根源的な解決にはつながら
ないとする。資本主義の「成長」という考え方を止める対策以外は全てアリバイや
時間稼ぎに過ぎないとします。

筆者の考え方は現在の主流の「SDGs」持続的可能な成長よりも大きく左派に寄った
ものです。左派とは経済よりも地球環境の価値を大きく見るものです。反対に「加
速主義」は右派に寄ったものになります。

さて、ここからが私の考えです。

筆者の考え方は一応は筋が通っているのですが、いくつかの仮説を自明のものとし
て組み立てられたもので、その仮説が変わってしまうと、その正当性も失われるも
のです。

こういった問題を考えるのに最もよい考え方を私は提唱します。それは「タイタニ
ック問題」です。タイタニック号が大西洋の真ん中で氷山に衝突して沈没し、多く
の犠牲者が出たことは皆さんご存知でしょう。

多くの複雑な問題、地球温暖化も政府の財政危機問題も新型コロナ問題も「タイタ
ニック問題」と同じ構造をしているのです。つまり「タイタニック問題」を考える
ことは問題解決の手法とその実現性を考察するのに非常に役立つのです。

まず、タイタニック号が既に氷山に衝突した後を考えます。その時、考えなければ
ならないのは以下の点です。

どの程度の損害が生じたのか。
その損害は修理不可能なのか。
その損害で航海に回復不能なほどの影響を与えるのか。
その損害を時間稼ぎ的な修理によって避難可能な場所までの航海が可能にならない
のか。

まず、ここまでが現状認識に対する質問になります。

ここで、沈没が不可避となると以下の脱出に対する質問になります。

救命ボート等の脱出手段はどれほどあるのか。
脱出した後に救助まではどれほどかかるのか。
沈没までに脱出する時間を確保できるのか。

ここで実際のタイタニック号では救命ボートが乗客に対して足りなかったわけです。
すると以下のような質問が出てきます。

代替の救命手段はないのか。
救助する人間をどうやって選ぶのか。

タイタニック号は衝突から2時間40分ほどで沈んでしまいます。ですので、上記の
質問のほとんどに絶望的な答えが短期的に明確になりました。この沈む時間が数十
年となっているのが、地球温暖化問題なのです。

地球温暖化でいえば、最初の損害の部分は仮説で構成されているのです。仮説が悪
いと言っているのではありません。一般的に科学とは仮説で主張されるもので後年
に仮説が間違いだとなることもよくあることです。

ただ、仮説の重要性は、確かにあります。仮説を確定するまで待っていたら、時間
切れになる場合も考えられるからです。真実を見極めるのが難しいので仮説を使用
するしかない。この現実が分かれば、筆者のような単純な仮説前提の議論は出来な
くなります。

そして崩壊までの時間的なスパンが長いからこそ、いろいろな対策が提案されて本
当に有効な対策が見えなくなる。タイタニック号を温暖化議論に変えてみるとこう
なります。

温暖化は長期的、継続的に起きるのか。
温暖化は修復可能なのか。
温暖化が進んだ場合に、どの程度の損害が生じるのか。
温暖化の時間稼ぎの手段はあるのか。
時間稼ぎを行うことで損害を回避することは出来るのか。

これらの質問に答えるには様々な仮説を組み合わせて、最適なオプションを導き出
すという作業が必須です。筆者のように特定にイデオロギーに沿った解決は望まし
いものだとは思えません。マルクス主義も資本主義の共に特定のイデオロギーに過
ぎないので、どちらに寄ってしまうのも間違いです。

この問題の立て方は「政府の財政危機問題」も「新型コロナ問題」でも使うことが
出来ます。

「政府の財政危機問題」ならば、様々な破綻回避のオプションが提示されます。増
税、財政出動による景気回復、政府支出削減、国債の日銀引き受け、等々。全てタ
イタニック号の原則に沿って考えれば問題解決への道筋が整理されます。

恐らく、日本政府の財政危機はタイタニック号がゆっくりと沈んで行っている状態
に例えられます。船の中で1等客室にいる人にとっては沈没後も生きのびるボート
が既に用意されているか、沈没時には既に年金を十分受給していて、後は死ぬだけ
であったりする。彼らにとっては沈没を出来るだけ先送りすることが正しくなりま
す。

ところが底辺の客室にいる人達は既に部屋が浸水しつつある中で部屋に閉じ込めら
れています。この人達にとっては少しぐらい船が沈むのが早くなっても自分達を部
屋から出して、何某かの救命手段をよこせと要求することなります。

また、沈んでいく船の中でパーティーをやっている人もいます。中にはパーティー
に参加しつつ、脱出手段を探している人もいるかもしれません。

このように各人の環境によって利益となるオプションが異なってくるのです。この
場合、合議政体では最適解にはたどり着かないでしょう。

先ほどイデオロギーによらない解決が必須だという話をしました。しかし我々が容
易には超えられないイデオロギーも存在します。それは個々人の人間の命や利益が
最大限、守られなければならないという考えです。筆者も私達も当然、そのイデオ
ロギーの中にいます。

仮に温暖化が強力な成長抑制政策でしか解決できないとしたら、その解決策は最終
的に個々人の利益や最終的には生命さえも抑制することにつながります。この現実
を筆者は見ないようにしています。資本主義システムを撤廃することで十分な成長
抑制がなされると仮定してしまっている。これは特に計算されたものではなく、自
由、人権、平等といった価値観を守りながら温暖化を抑制するには、この方法が成
功するという仮定しかありえないから選ばれたものに過ぎないのです。

筆者が否定する「気候毛沢東主義」は、この問題から逃げることはない。この政策
の中では全人類は生活を管理され、二酸化炭素の排出を抑制した生活を強制される
であろう。現実には筆者の唱える平等で人権にも配慮した温暖化対策「X」を選択
できるのは、極々少数の人々でしかないでしょう。

私は仮に温暖化対策が必要ならば、ジオエンジニアリングを使用した時間稼ぎも使
用しつつ、全人類の消費を抑制する。そこで得た時間で軌道エレベーターを開発し
宇宙開発に乗り出すしか解決策はないと考えます。従来のロケットによる宇宙開発
は高コスト過ぎて割に合わないからです。

地球が温暖化しているのは事実でしょうが、その原因が二酸化炭素だというのは仮
説の一つです。気候変動抑制政策は新たな管理システムとして設定されようとして
いるものでしょう。その管理に正当性があるかどうかは分かりません。

地球が温暖化していく将来も悲観的なものかもしれませんが、新たな管理社会も十
分、悲観的なものになるでしょう。地球温暖化が抑制するべきものだとしたら、人
類が、その選択を民主的に行うことは出来ないでしょう。筆者の掲げる対策「X」
は、この点でも敗北するはずです。

個々人の人権を守るなら、資本主義をコントロールしつつ、全人類の人口抑制を行
いながら時間稼ぎをする。その稼いだ時間をブレイクスルーの技術開発に注ぐしか
方法はないでしょう。この時間稼ぎの間は世界では二極化が大きく進むことが避け
られないでしょう。エリート層は自分の利益のためではなく地球のために全力を尽
くすことが求められ、大衆は創造的な生活からは大きく離れたところにいることに
なるでしょう。

陰鬱だけれど絶望ではない未来。こんなところが最適解なのかもしれません。

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